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ロシアの民間軍事会社(PMC)「ワグネル」のトップ、プリゴジン氏が起こした武装反乱は、ウクライナ侵略戦争で蹉跌(さてつ)をきたしているロシアが動乱の時代に突入したことを印象づける。プリゴジン氏の動きがどう帰着するかは予断を許さないが、強力な私兵部隊を持つ有力者が公然とプーチン政権に反旗を翻した影響は大きい。ウクライナの反攻作戦と連動し、露国内の情勢が流動化に向かう可能性もある。
露南部ロストフ州などで部隊を進めたプリゴジン氏は、露国防省がプーチン大統領を欺いて侵略戦争を始めたと述べた。プーチン氏を名指しで批判することは避けつつも、プーチン氏が始めた侵略戦争の根幹にある「大義」を否定した。
プリゴジン氏は「戦争はショイグ(国防相)が元帥になるために必要だった。(プーチン氏が侵攻の目的とした)ウクライナの非軍事化と非ナチス化に戦争は必要なかった」と断じた。
プリゴジン氏は元来、ワグネルを使ってプーチン政権のハイブリッド戦争や「汚れ仕事」を水面下で担う黒子だった。ウクライナ侵攻後は、プリゴジン氏とワグネルが大手を振って行動するようになり、ウクライナ東部バフムトの激戦ではワグネルが囚人らを肉弾戦に大量投入した。
プリゴジン氏は「政治的野心」(露観測筋)から、大量の犠牲を厭(いと)わずにバフムトで戦果をあげようと考えたようだ。しかし、バフムトの重要性については軍事専門家の間でも見解が分かれるところで、この頃から国防省とプリゴジン氏の確執が表面化した。
プリゴジン氏は「弾薬を回さない」としてショイグ氏やゲラシモフ参謀総長を公然と罵倒するようになり、今日の武装反乱に至った。露軍内の不満分子がプリゴジン氏を支持しているとの見方もある。
プリゴジン氏は、反攻作戦を始めたウクライナ軍が南部戦線で優勢にあり、「レオパルト戦車60両を破壊した」との露国防省の発表は「完全な噓(うそ)だ」と主張した。ウクライナ軍の反攻が始まったばかりの現段階で、露内部の足並みが大きく乱れたことになる。
プーチン氏は従来、エリート層内部で派閥のバランスをとり、自らへの忠誠を競わせる形で求心力を維持してきた。しかし、侵略戦争の不調と厳しい対露経済制裁を受け、エリート層の一部には動揺が広がっている。派閥のバランスが大きく崩れ、それが正規軍や情報・特務機関、PMCなどの動きと連動すれば、ロシアが内戦状態となる可能性も否定できない。
露国内にはワグネル以外にも30以上のPMCが存在し、露エリート層が動乱の時代に備えている証しだと評されている。
筆者:遠藤良介(産経新聞)